40歳を過ぎて、無職で、東京に出てきた結果《片隅notes》

雑記

ちょうど1年前の2018年3月15日。
居心地がどうもしっくりこない田舎から、深夜バスに乗り、朝早く、東京に着いた。
10数年ぶりに再上京してきたのだ。

大学卒業後、就職でやってきた東京には、憧れはそれほどなかった。
受験の時、東京に絶対出るという友人も周りにはいたが、私は地元を中心に受験をして、実家から通える大学に進学をした。

しかし、実際に住んでみると、東京は、妙にしっくりきた。
音楽ライブや演劇が好きな私にとっては、毎日観ても、足を運べない公演がまだあるほどのエリア。
もちろんそれだけではないが、実際に暮らしてみたからこそ、肌に馴染むと分かったことだ。
自分の目で見て聞いて確かめる体験、経験の大切さを思い知らされた。

その後、いろいろあり、断腸の思いで、田舎に戻ることになった。
それなりに過ごしていたが、もう一度東京という思いはどこかに常にあった。
実家で生活をしながら、東京での暮らしをイメージしていた。

こんな部屋に住みたい。エリアや間取りは。電化製品や日用品は?
漠然とイメージしているだけではなかった。

最初はURに入居になるだろうからと、引越先候補を調べていた。
一人暮らしを始めるなら、必要になる購入リストを作っていた。洗濯機という項目ではなく、メーカー名と型番を記したものだ。
引っ越す時期は決めずに、部屋の内覧にも出かけた。
こうしたことは、実際に引越した際には大変役に立った。ToDoリストと違わないほどだったので、1つ1つ処理していくだけだったからだ。
準備を整えておくことの大切さを思い知らされた。

きっかけはいろいろあったが、最終的には半ば勢いで、部屋の契約をし、再上京してきた。
40歳も過ぎて、仕事も決めずに、東京に出てきた。
周りに話せば、驚きと、それはないわ…… との反応ばかりだったが、幸運にも仕事に何とかありつき、再上京生活は続いている。

振り返ってみると、これは自分で考え、決断して出てきたこと。ということがある。
どうなるかは分からないが、主体的に行なったことで、結果については受け入れるしかない。言い訳の利かない状況なのだ。

自分が本当はどう感じているかに向き合った。心地良くどうありたいのかを考えた。
その1つが、田舎での生活ではなく、東京で暮らす生活が心地良く、そうありたいと思ったのだ。

そして、そうあるためにどうしたら良いのか? イメージして、情報を集めた。
これだけだと、いつかしたいなで終わってしまう。だから、事細かく具体的にイメージして、情報を集める。それを継続する。どうすれば実現できるのかを考える。
検索すれば、一人暮らしに必要なものリストは出てくるが、そうではない。
自分が理想の生活をするのに、朝起きて何をするのか、そのために必要なものは何か。そういうレベルに落とし込む必要があると思う。

しかし残念ながら、さまざまな制約により、理想ばかりも言っていられない。それでも実現させるために、自分が持っている資源をみる。
実現を阻むものは、お金や時間の問題かもしれない。人間関係の問題かもしれない。考え方の問題かもしれない。
保証人なしで無職で部屋を借りる方法はないか? そもそも部屋を借りるしか選択肢はないのか?
こうだったらいいなを実現させるために、さまざまな角度から検討し、1つ1つ問題をクリアすべく行動をする。

全てのことを意図してきたわけではないが、こんなことを感じている。

とにかく好奇心を持ち、よく見て、触れて、そして、よく真似て、体験をしてみる。
そうすることで、自分の好きなもの、美しいものを見つけられる。

こうだったらいいなをイメージする。自分がどうありたいのか気持ちを見つめる。
そういう状態にあるためにはどうしたらよいか、考え行動をする。
チャンスはいつもすぐそこにある。そのチャンスを掴むために、日頃から鍛錬をし準備が必要だ。

1年経って、慣れが生まれ、最近は、忙しさにかまかけて、怠っていることが多い今日この頃。
どうありたいのかの気持ちを見つめ、より心地良くあるために、行動を1つ1つ積み重ねる大切さを忘れないようにしようと、再上京1周年に記す。

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